季刊誌「ハーネス通信」
2020年07月のバックナンバー
- パピーウォーカー インタビュー「30頭目を育てています」(2020年夏号)
創立40周年を迎える関西盲導犬協会。今までもこれからも、ボランティアさんのお力なしに一日たりとも活動することはできません。今回は、そんな大切なボランティアの一つ、パピーウォーカーの太田伴子さんにインタビューしました。太田さんは、パピーウォーカー(※)の中でも屈指のベテランで、現在30頭目のパピーを育ててくださっています。
※パピーウォーカーとは、生後約2か月の盲導犬候補の子犬(パピー)を、訓練をはじめる1歳まで家で預かって育てるボランティアのことです。いつのまにか30年以上......
Q:今のヴォーチェちゃんが、30頭目なのですね。パピーウォーカー歴は?
A:息子が小学校4年生の時からですから、31年ですね。息子の友人がリタイア犬のボランティアをされていて「ぼくもあんな賢い子が飼いたい!」と言い出したことがきっかけです。Q:では、リタイア犬ボランティアが希望だったのですね。
A:いえ、私が学生の頃、実家の犬が亡くなったのですが、その頃は外で飼うのが普通だったでしょう。フィラリアにかかり、それは苦しそうな最期でした。それ以来、「死ぬところは見たくない。犬は絶対に飼わない」と決めていたのですが、息子に、「子犬を一年間だけ育てるボランティアもあるよ」と強く言われて、やることにしました。「はい!」と渡された、はじめてのパピー
Q:記念すべき1頭目、クエストちゃんは、どうでしたか?
A:忘れもしません。当時の所長・多和田さんから、あったかくてふわふわのパピーを「はい」と手渡されました。その時におっしゃったのは、「たっぷりと可愛がって、人間を大好きにさせてください」ということ。そして「一年したら必ず引き上げますから、覚悟しておいてください」ということです。それから今まで、どのパピーも一年間だけの大切な預かりものとして、愛情たっぷりに育てています。Q:その時、息子さんが10歳、娘さんが6歳だったのですね。子どもさんたち、どうでしたか?
A:言い出しっぺの息子は、よく世話をしてくれましたね。娘は小さかったので、「育てた」というよりも一緒に「育った」という感じかな。Q:太田家のファミリーヒストリーの中に、常に犬がいるのですね。
A:そうですね。子どもたちが思春期になっても、犬のことでよく会話しましたし、パピーが来た日や、協会にお返しする日など、しょっちゅう記念の家族写真を撮りましたし......。おかげでコミュニケーションは豊かで、にぎやかだったと思います。今は、孫が自分より大きなパピーとじゃれあい、会話していますよ。Q:しつけは、どうされているのですか?
A:教えてもらったとおり、「グーッド グーッド」で、ほめて育てます。自分の子育てもグーッドで育てたらよかったと後悔していますが、ちょっと遅かったですね(笑)ラジオ体操 犬乱入事件?!
Q:一番肝を冷やした経験は?
A:なんといっても、3頭目のガムくんですね。すごくかわいくて陽気なのですが、体が大きくて迫力があるんです。夏休み中、思わぬ方法で家を抜け出し、近所のラジオ体操の輪の中に乱入して大騒ぎ。慌てて迎えに行くと、大通りをひょこひょこ歩いてました。「ガムちゃーん!!」と大声で呼んだら、大喜びで無邪気に駆け寄ってきたんです。もう脱力しましたね。Q:それは強烈ですね
A:人をケガさせず、ガムくんも無事だったのは幸いでした。とにかく預かりものですから、交通事故に遭わせたり、誤飲させたりが、一番怖いです。ガムくんのおかげで、少々のことでは動じなくなりましたね(笑)盲導犬にならなくても、大切さはかわらない
Q:よくある質問ですが......。別れは悲しくないですか?
A:もちろん悲しいですよ。でも育てながら覚悟していますし、10頭目くらいからは「元気でがんばって~!」と明るく見送れるようになりました。それに、盲導犬になった犬たちの活躍はうれしいですし、キャリアチェンジ(※)となった犬の飼い主さんなど、犬つながりの友人がどんどん増えて、楽しいですよ。
※キャリアチェンジ犬とは、盲導犬候補犬の中で、性格や健康上の理由などから盲導犬には適さないと判断され、一般家庭でペット犬として暮らす犬たちのことです。Q:育てたパピーがキャリアチェンジとなり、ショックを受けるパピーウォーカーさんもおられます。太田さんはいかがですか?
A:はい、その気持ちはよくわかります。家の中がひっちゃかめっちゃかになっても、夜泣きがひどいパピーに何か月も添い寝して寝不足になっても、「盲導犬になる犬だから」と思うからこそ。だから盲導犬になれないと、とても残念ですよ。でも、それで落ち込んだり、もうやめようと思ったりしたことはないですね。Q:それはなぜですか?
A:正直言うと、盲導犬になるかどうかは、7割くらいは素質で決まるものだと思っています。だから預かったパピーが将来盲導犬になるか、なんとなくわかるんですよ。そしてそれ以上に、『盲導犬にならなくても、その子の大切さ、存在の価値はかわらない』ということも、よく分かるようになりました。パピーはみんなかわいくていい子ばかり。たまたま「盲導犬」に向かないパピーがいる、というだけ。そこが実感できないと、自分のパピーウォーキングが悪かったと思い、ショックを受けるのかもしれませんね。あんたは犬!
Q:スタッフからも頼られる太田さんですが、パピーウォーキングのコツはありますか?
A:コツといっても、ただ犬が好きで楽しんでいるだけなんですが......。しいて言えば「あんたは犬。人間じゃない」というお互いの立場を押さえる、ということでしょうか。そして協会にお返ししたら、いつまでも追いかけないこと。でもね、犬の方はかしこくて、いつまでも覚えてくれているんですよ。それもうれしいですね。パピー担当スタッフ 吉内から ひとこと...
〇太田さんは、私が就職しパピー担当となる前からベテランのパピーウォーカーさんでした。はじめの頃は、私の方がパピーのしつけ方やボランティアとは? ということを学ばせていただきました。
31年が経った今でも、パピーウォーカーを続けてくださっていることには頭が下がりますし、心強い存在です。協会を支える存在のお一人として、今後もパピーウォーカーを続けてくださると嬉しいです。文/古橋 悦子(フリーライター)